最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)762号 判決 1960年10月25日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人広瀬重太良、同相川正造の上告理由第一点について。
上告人は、原審口頭弁論において、答弁及び抗弁に関する第一審判決事実摘示と同一の事実関係を陳述したに止まるのであつて、その中に所論の如き抗弁の含まれて居るとは解しがたく、また特にかかる抗弁を追加して主張した事跡も認め得ない。原審がこれに対する証拠調或は判断をしなかつたのは当然である。したがつて原審に、抗弁の誤解その他所論の違法があるものとはいえない。
論旨は理由がない。
同第二点について。
所論の事実が原審口頭弁論において争点となつた事跡は、これを見出されない。原審が、争点とならなかつた事実の存否につき判断しなかつたことを以つて、判断遺脱、理由不備その他所論の違法があるものとはいえない。
論旨は理由がない。
同第三点について。
所論の各証拠は、必要な唯一のものとはいえない。論旨は畢竟、証拠調の限度につき事実審のなした裁量を非難するに過ぎぬから、これを採用し得ない。
同第四点について。
手形法一七条は、同法一六条二項が、その意に反して手形の所持を失つた手形権利者と手形取得者との間の権利帰属を決するための規定であるのとは異り、手形債務者が自己の負担する手形債務につき人的抗弁をもつて対抗し得る場合を限定しようとする規定であり、手形流通の安全のためひろく善意の手形所持人を保護することを法意とする。したがつて、右一七条は債務者を害することを知らないで手形の所持人となつた者については、重大な過失があると否とを問わず、その前者に対する人的抗弁をもつて対抗し得ないものとした趣旨と解するのが相当であり、この点に関する原審の判断は正当である。手形の所持人となるにつき重大なる過失ある場合に、同法一六条二項を類推適用し、もしくは、同法一七条但書を拡張解釈すべきものであるとする論旨は、当を得ない。
論旨は、理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)